カウンセリングに来られる方の中には、対人恐怖症や外出恐怖症、視線恐怖症など、さまざまな不安症の方もいらっしゃいます。
彼らの中には、「ある日突然、そういった不安に恐れて会社に行けなくなった」という方もいれば、「小さな頃から不安だった」という方もいらっしゃいます。
では、こういった不安症はいったいどこからやってくるのでしょうか?
◎不安症・恐怖症の裏にあるのは?
武雄さん(29歳 独身)は、さまざまな不安症や心配性にかかり、毎日の生活に疲れきってカウンセリングルームに来てくださいました。
「最近は、会社に行くのも辛いんです」
「家から外に一歩出ると、人の目線が気になりますし、電車に乗ったら、ちゃんと会社までつけるかな。事故しないかなってありもしないことを気に病んでしまいます」
「会社にいたらいたらで、上司や先輩に怒られないかなとか」
「付き合っている彼女もいるんですが、いつか捨てられないかなとか」
「それだけじゃなくて、彼女がどこかに友達と遊びに行くと行ったら、事故にあわないかなとか・・・」
「とにかく、ありとあらゆることが不安になって、どうしたらいいんでしょうか?」
彼はそう言いながら、どうしていいのかまったくわからずに途方にくれていました。
「いつから、そういった不安症状が出始めたのですか?」
「もうずいぶん前です。始めは中学生の頃でしたね。中学生の頃から、みんなが私のことをどう見ているのかすごく気になりだして・・・」
「誰かがこちらを見ていると、本当に怖くなって呼吸が苦しくなって息が詰まるほどでした」
「実は、母親がヒステリーですごくイライラして、すぐに否定されたり、お前にできるわけがない!なんてことを一杯言われてきたんです・・・」
子供時代にこのような体験をしていると、大抵の子供が自信がなくなったり、人の顔色を伺うようになり、自分のしたいこと、感じること、考えていることよりも、親が望むこと、親が反対しないことをし始めます。それが子供たちにとって「安全」な生き方だからです。
「じゃ、お母さんがイライラし始めると、あなたはいつも不安を抱えていませんでしたか?」
「ええ、そうです。いつ、母親がヒステリックになるのか? いつ怒り出すのか? びくびくしていました」
「すると当然何かをする前に考えますよね。これをしても母親に怒られないかなって」
「そうなんです。いつも、何かをする前には、母親を刺激しないように、刺激しないようにしていました。「そして、気づいた時には、母親だけではなくて、学校の先生や、友達や、今だったら職場の上司の顔色も気になりだしたんです・・・」
「そうですね。あなたが不安を感じるときは、大人のあなたが不安を感じているというよりも、心の中の子供のあなたが不安になっているわけです」
「昔、お母さんがイライラしていた時に、不安を感じていた子供の心が今になっても残っているわけです」
「そうなんですか・・・」
私たちの心の中には、実はさまざまな人格があります。子供の自分、大人の自分、男性的な自分、女性的な自分、理性的な自分など。そして、私達はケースバイケースでそういった人格を使い分けているのです。
◎両親を助けるために同じ問題を持つ!?
「でもね、初めから不安を感じていたわけではないんですよ」
「え?」
「だってね、生まれてきた瞬間に、"僕、不安で一杯なんです?"なんて思いながら生まれてくる子供っていないでしょう」
「ハ、ハ、ハ、 そうですね」
「はじめ、あなたは子供として、お母さんがどうしてそんなに不安なのか、恐れているのかわからなかったんですよ」
「あなたから見たら、世の中ってそんなに不安になったり、恐れなくてもいいのに、どうしてお母さんは違うんだろうと不思議なんです」
「ああ、そういえば思ったことありますよ。どうして母親はそんなにネガティブというか、ひねくれているというか。何でもかんでも心配して、否定的で、人を信じていないのか、不思議に思いました」
「すると、子供としては、お母さん、世の中そんな危ないばっかりじゃないよ。危険じゃないよ。世の中悪い人ばかりじゃないよっていいたくなりますよね」
「ええ、そうですね」
「でも、当然、親は小さな子供の言うことなんて聞きません。そして、子供は自分がちっぽけな存在なんだと思うわけです」
「そして、どうして母親がそんなふうに感じるのか興味を持って知りたくなるわけです」
「なるほど、母親を知りたくなるんですね」
「そうです。だとしたら、どうすればお母さんを一番理解できると思いますか?」
「え? 母親を理解する方法ですか・・・ うーん」
「それは、お母さんと同じように何でもかんでも不安になることなんです」
「あ、なるほど!」
「そうすれば、お母さんの気持ちが誰よりもわかるようになるでしょう」
「そうですね」
「だから、あなたは今、ありとあらゆることに不安を感じるようになったわけです。そうすることでお母さんを理解し、お母さんを助けたかったわけです」
両親と同じ問題をもってしまう心理ダイナミックスはこの両親を理解したい、助けたいというところからやってくるんです。
◎問題の裏に隠れている才能
「今までお話を伺ってきて、あなたにはある才能があるなと私は思ったんですが、それは何だかわかりますか?」
「才能・・・・ですか」
「ええ」
「うーん。不安な気持ちが良くわかるということでしょうか?」
「それもありますが、もっと才能がある分野は、あなたは人を笑顔にする才能に溢れているんです」
「人を笑顔にする才能? いや? それはないですよ。だって、私ずっと、不安症で対人恐怖症なんですよ。そんな私が人と話すのも大変なのに、それだけじゃなくて笑顔にするなんて、そんなのほとんど不可能ですよ」
「あなたがそう思うのはわかりますよ。こんなことしませんでしたか?友達と遊びに行ってすごく楽しかったとしますよね。そして、家に帰ってきた。するとお母さんがあなたに聞くわけです。「どこ行ってきたの?」 そしたら、あなたは「友達と遊びに行ってきたんだよ。すっごく楽しかったよ」と言いますか? それとも、「別に・・・ただ、友達と一緒にいただけだよ」って言いますか?」
「後者のほうでしょうね」
「そうですね。できるだけ、楽しくなかったフリをするでしょう。なぜですか?」
「え、なぜって母親に気を使って・・・」
「どうして気を使うのですか?」
「だって、母親は不安だったり、イライラしてるし、自分だけが楽しんでたら怒られるかなって・・・」
「ええ、お母さんに気を使ってしまいますよね。お母さんが楽しんでいないのに、自分だけが楽しむなんて、悪いなという気持ちになるからです。そうやって自分が楽しむことを禁止していたわけです。そんなあなたにとって、不安を感じるということは、楽しまないためのとてもよい方法だと思いませんか?」
「あー なるほど」
「そして、こんなふうにも思いませんでしたか? お母さんがイライラしたり、不安になっているときに、お母さん、早く笑顔になってくれないかな、お母さん笑ってくれないかな、楽になってくれないかなってずっと祈るように見ていませんでしたか?」
「・・・・ そうでした。子供の頃、母親がいつか笑顔になってくれないかなって、ずっと思っていました」
「あなたの心の中にいるお母さんはずっとイライラして、怒っている、不安がっているそんなお母さんの顔ばかりなんです。でも、覚えていませんか? ほんの数回だったかもしれませんが、あなたの人生の中で、お母さんが笑顔で、リラックスして楽しんでいる、そんなお母さんの顔を」
「覚えています。本当に少なかったですが、笑顔の母親の顔を覚えていますよ」
「あなたはお母さんが毎日、笑顔になってくれるのをずっと夢見ていたんですよ」
「そうでした、本当にその通りでした」
「もし、あなたのお母さんが笑顔で毎日楽しかったとしたら、あなたの子供時代の不幸はありませんでしたよね」
「ええ」
「だから、あなたはそんな不幸がもうないように、笑顔がどれだけ大切か骨身にしみてわかっているんですよ」
「だから、あなたはほとんど怒ったり、イライラいしたりしないのではありませんか?」
「そうなんですね。あまり怒りませんね」
「あなたは、お母さんが全然、笑顔にならないということで、ずっと自分を責めていたわけです。そんな自分は息子として役に立っていないと。その罪悪感を隠すために、人との距離をとってきたんです」
「恐怖感や不安を持っていたら、人に近づかなくて良いというメリットもありますよね」
「そんなこと思ったことありませんが、そうかもしれませんね」
「でも、あなたが本当にしたかったこと、それはあなたの大切な人たちを笑顔にしてあげることです。お母さんにもそれをしたいと思っているんですよ」
「実は、母親はもう亡くなっていて・・・・。もう、笑顔にしたいと思ってもできないですね」
「そんなことはないかもしれませんよ。あなたの心の中のお母さんはどんな顔をしていますか?」
「心の中の母親ですか?」
「ええ、私達は大切な人、家族や友人を亡くすと、心の喪失感を埋める為に、自分にとって一番強烈な彼らの特徴を心の中に作るんです」
「たとえば、あなたにとってお母さんがいつもイライラ、ヒステリー、不安と恐怖で一杯だったとしたら、そんな要素を自分の心に持つわけです。すると、そんなお母さんってあなたの心の中で、怖い顔、してませんか? ちょっとイメージしてみてください」
「そうですね、怖い顔しています」
「ですよね。あなたは子供時代、このお母さんの顔を見たらすごく怖かったんです」
「その通りです。それでびくびくしていました」
「でも、もっと小さい頃は、なんでお母さん、笑顔じゃないんだろうって思っていたんですよ」
「お母さんがそんなにイライラ、怒る理由が何かあったんでしょうか?」
「私の想像ですが、きっと父との関係がうまく行かず、ストレスが溜まっていたんだと思います」
「なるほど、だとしたら、お母さんのイライラした、怖い顔の裏側に、本当は誰にもわかってもらえずに、悲しくて、寂しくて、絶望している弱いお母さんの顔があるのがわかりますか?」
「そうかもしれませんね」
「お母さんのヒステリーや怒りは弱さを隠すための仮面だったんです。お母さんの悲しみを見てあげてくれますか? もし一人でも、お母さんの悲しみを受け止めてくれる人がいたとしたら、お母さん、元気になっていたでしょう」
「そうですね」
「そして、それはあなたがしたかったことなんですよ。お母さんの弱さを受け止めてあげて、笑顔にしてあげたい」
「あなたがこんなお母さんを持ったということは、怒った女性ってとっても苦手ではありませんか?」
「そうなんですよ。まるで母親のようで」
「ええ、お母さんを女性に投影してみてしまうわけです。でもね、怒っている女性ってみんな同じなんです。男がこんなにだらしなくて、弱いから、私が強くいなきゃいけないじゃない! さっさと自立してもっと強くなってよ!そうじゃないと私が弱くなれないでしょう! そう思っているんです」
「あなたのお母さんの弱さを大人になった息子として、受け止めてあげてくれますか?」
「はい」
「受け止めてあげたら、お母さん、どんな顔をしていますか?」
「なんか、ほっとしたような顔をしています。リラックスしたような」
「そうですか。じゃあ、そのお母さんに、優しく微笑みかけてくれますか?」
「あ、母親も笑顔になりました。そうですよ。母親の笑顔、こんな顔でした」
「あなたが欲しかったものは、こんなふうに誰かを笑顔にしてあげることなんです。でも、母親を笑顔に出来なかった失敗感から、自分に誰も笑顔にさせないという罰を与えたんですよ。でも、それは間違いなんです」
「そうですよね。彼女の前でも、いつも神妙というか、まじめな顔ばかりで、ずっと気を使わせていたんです。こんな自分と付き合ってくれている彼女のためにも、彼女を笑顔にできるように頑張りますよ」
「あなたが笑顔でいれば、周りの人も気を使わずに笑顔でいられるわけです。彼女の前では、まるで昔のお母さんをあなたが演じているようですね」
「本当ですね。そうかもしれません。でも、だとしたら、彼女には本当に悪いことしてきちゃいました。これからは彼女の前で笑顔でいてあげなきゃいけませんね」
「"いてあげなきゃ"というよりも、"笑顔でいたいし、彼女も笑顔にしてあげたい"と思って見るほうが楽しいかもしれませんよ。あなたは"?しなければ"と苦行する癖があるかもしれませんね」
「いや?、そうなんですよ。実は、そうなんです。もうちょっと楽に構えたほうがいいですね」
「そうですね。それともう一つ、アドバイスしておきます。あなたが彼女の前で笑顔になりだすと、彼女はとまどうでしょう。今までずっとまじめで、深刻で笑わなかったのに、突然、笑顔になった。そしたら、大抵"何かいいことでもあったの?"って聞かれます」
「そうなんですか?」
「そういうものです。そのとき、なんて答えたらいいのか教えておきます」
「カウンセリングに行ったって言えばいいんですか?」
「言っても言いですが、それよりも"君が今、目の前にいるからだよ"って言ってあげてください。"今まで僕の目の前にいてくれたのに、あまり笑顔でなくてごめんね"って」
「え?、そんなこと言うんですか?」
「ええ、これは今まで彼女に見せてこなかった笑顔借金を返済するとってもいい方法ですから、やってくださいね」
「はぁ?、ちょっと自信ないですが、わかりました。やってみます。なんか、恐怖症や不安症のことで相談に来たのに、最後は彼女の話になっちゃって・・・。でも、症状の原因がわかったようですっきりしましたよ。今日は本当にありがとうございました」
そう言って、笑いながら彼は帰って行きました。
P.S. 後日、彼からこんなメールが来ました。
先生、あれから彼女と会う時には、できるだけ自分も笑顔になるようにしたんです。そしたら、「何かいいことあったの? 前まではいつも固い表情をしていたのに」ってまさに、この質問が来ましたよ。
それで、教えてもらった通りに言ったら、彼女の方が面食らっちゃって。私がそんなこと、今まで言わなかったからでしょうね。でも、その後、とてもご機嫌で、彼女もすごく可愛い笑顔をしてくれるんですよ。
変な話ですが、今まで彼女のこの顔に気づかなかったなんて、すごく損してた気分です。
そういえば、母親のことがわかってから、前ほどは不安にならなくなりました。彼女の前だけじゃなくて、職場でも笑顔でいられるようにしてるんですよ。そしたら、「なんか最近明るくなったね」といってくれる先輩もいて、なんとかやっていけそうです。
じゃあ、また困ったことがあれば相談に乗ってくださいね。
ありがとうございました。
きっと、彼は今日もどこかで周りの人を笑顔にしていることでしょう。
※クライアントご本人の承諾を得て掲載しています。プライバシー保護のため一部事実とは変更している箇所もあります。
※実際には複数回のカウンセリングを読みやすいように1回のカウンセリングとして書いています。